登山計画(プランニング)に関するコメント

登山計画作成とは行程表と装備表の二枚のことではない

silvaplauna様

何度もコメント欄を汚して申し訳ございません。

登山のリスクマネジメントはおよそ3つの構成要素から成り立っています。
ひとつはルート評価、第二に天気・進め方の戦略、第三にパーティ評価です。

ルート評価について。ルート上に障害物があればどうすればいいか。これは天候や霧などの視界、積雪も含めての評価です。このシミュレーションは距離や時間読みも含めて事前の登山計画で十分作戦を練ることができます。リーダーは現場で臨機応変に考えるのではなく、事前に頭に叩き込んだ答えを現場で当てはめればよいのです。
たとえば増水した川を渡渉するルートを想像してみましょう。正解はひとつしかないのです。渡れる水量を事前に決めておくことです。いけるところまで進み、だめなら戻ろうという現場の判断はもっとも忌避すべきことです。なぜなら、いけるところまで進むということは流されるところまで進むということだからです。

第二に、天気判断・進め方・停滞日の設定について。
実際にパーティがどのような天候であればぎりぎり行動できるか、についても事前に検討することが可能です。というより、このような判断を現場で臨機応変に、あるいは直感的に判断するべきではありません。行動可能な視界、風、気温についてはある程度定量的な基準を設けて、割り切って登山計画に盛り込んでしまうのがベターです。たとえば「フードで顔を押さえるような強風と雨の行動はしない」などです。なぜなら、天気の判断などというそもそも人知を超えた判断は、予防原則にのっとって安全側にたっておくべきからです。現場で余計なことを考えるべきではありませんし、現場の人間がどういう戦略をもっているかについては第三者に対しても登山計画などで共有すべきことです。山の中で判断すべきことは少なければ少ないほど安全なのです。

第三にパーティの評価
現場でリーダースタッフが思考を集中すべきはここです。
計画上のルートファインディングも天気判断もすべて現場のリーダーの判断になるわけですから、計画が絵に描いたもちにならないためには、これらを判断できる能力がリーダーに求められる要求水準となります。
また刻々と変化するパーティの状況(体力の消耗や装備など)をリーダーは常に把握する必要があります。これは現場の判断にならざるを得ません。

体力がわからないなどパーティの評価に不確定要素が多い場合は、行動できる天気基準・進め方・停滞日の持ち方に余裕を持たせる、というのが基本的な登山のリスク管理の哲学です。逆に言えば、攻撃的な登山とは、天気読みをある程度はずしたとしても行動できるパーティ評価をするということです。

ですから、現場での天気判断が難しかったとかいうのは、実はマヌケな話であり、それ以前に、パーティ評価についての計画上の不備があるわけです。
それでも、パーティに予期しない異常行動が発生するケースもありえます。
冬山ではよくあることですが、いままで元気に歩いていたメンバーが突然電池の切れたロボットのようになる、など。これが最終判断地を超えた地点で発生すれば取り返しのつかない事態に発展します。ここではじめてリーダーの真の登山センス・才覚が試されるわけですが、通常はそんな属人的な思考はしません。組織として行動する以上は、リーダーの個人的な才能に頼るべきではないからです。組織登山に冒険はありえません。
本来、このような登山計画は企画会社で共有されるべきでした。ガイドをアウトソースするリスクのおぞましさを今回思い知らされた気がします。

なぜこのようなことをぐだぐだと書き汚しているかといいますと、こうしたロジックこそ、ガイドの一人である多田くんのかつての出身母体の山岳クラブが共有していたリスク管理の手法だったはずだからです。

私がこの事故のニュースの第一報を聞いて愕然としたのは、いったいなぜ彼らはこんな判断をしたのだろうか、ということでした。とくに多田くん。私はそれをなにより、多田くんに問いたいのです。できれば、死人に口なしで、吉川さんにすべての責任をなすりつけたい悪魔の誘惑が私のなかですらあります。つまり多田くんは主体的に判断できる立場にいなかったのではないかと思いたいです。しかし現実はそうではなさそうです。多田くんの口から真実が語られるのを今は待つのみです。
しかし、正直なところ、8名の命を失ってしまった今、彼の胸中を思うと本当にいたたまれなくなり、真相究明もさることながら、彼がはやまったことを考えたりしないかとても心配でたまりません。
http://subeight.wordpress.com/2009/07/21/tomuraushi/#comment-281より

現場での天気判断は過信しない

>つまり、天気予報で天気が回復するとされていても、一般のハイカーならともかくプロのガイドとしてはまず疑ってかかるべきであった。その意味で、慎重性に欠けたといえると考える。

これについては、僕は「天気予測なんて当たらない。当たらない時の行動計画の方が重要」と考えています。

とのBacchus auf Daikanbergさんの意見を受けてのコメント

  • -

Bacchus auf Daikanberg様

>「天気予測なんて当たらない。当たらない時の行動計画の方が重要」

全くその通りだと思います。silvaplaunaさんももちろん同様の趣旨で、天気判断の難しさについて考察されていますね。私なりの言い方をすれば、天気をずばりと当てるというのは、人知を超えた判断です。これについては、ほぼすべての方が同じ意見だと思います。
では、上記のような天気概況のときにどうするか、というと判断のロジックが分かれてきます。

私自身のリーダーとしての考え方を参考までにコメントさせてください。

ひとつは、あらかじめ登山計画のなかで、パーティの行動能力から、行動しても安全な天気基準を割り切ってしまう方法です。たとえば、トムラウシ越えをする天気基準は、前トム平を下るまでの6時間、小雨、ふらつなない程度の風なら行動可能などと具体的に決めてしまうわけです。いったん決めてしまえば、たとえ当日の朝の概況が好天方向だとしても、基準を満たさず、エスケープか停滞などの判断をせざるを得ません。またもちろんエスケープルートの天気基準も決めておく必要があります。

重要なことは、この基準、判断方法をガイドが決めるのではなく、企画会社が企画書のなかでマニュアル化することです。いわば、企画書は憲法みたいなもので、臨機応変の判断を許さない硬直性がありますが、これが安全側を志向する硬直性であれば、むしろガイドは、山の中で考えるべきことが少なくなり、登頂のプレッシャーも弱まり、精神的な荷は軽くなるはずです。ルート評価と天気基準については机上で考えつくしておく必要があります。

通常、山岳会等の計画検討で行われるのは、こうした行動指針の確認です。

このように考えると、計画の中で安全をある程度は担保できそうにも思えますが、ところが、リーダー(ガイド)は登山中、非常に重要な任務を負っています。

それは、刻々と変化するパーティの状況、能力、装備の確認、そして評価し、それを原計画へのフィードバックです。山のなかでのリーダーの仕事の中心はパーティ評価と管理といっても過言ではありません。もし、パーティの行動能力が計画時に想定していたレベルと差が生じてきたときは、リーダーが臨機応変に考えざるを得ません。この頭脳作業に神経を集中すべきであるがゆえに、ルート評価、転機基準などの計画を事前に綿密に立てる必要があるのです。

人間は不完全です。どんなに綿密な計画をたてようとも、現実が裏切ることはよくあることです。そこで初めてガイドの真価がとわれるわけですね。

まとめますと、まず企画段階で十分なプランニングをする。
現場では、常にパーティの状況を把握し、評価を加えてオーガナイズする、これがリーディングであり、ガイディングの基本といえるでしょう。
プランナーとオーガナイザーが別々の主体であることは、デメリットもありますが、むしろメリットも多いです。すべてのガバナンス、マネジメントに共通するテーマですが、議論が拡散するのでとりあえずこの辺で。
http://subeight.wordpress.com/2009/07/30/professional/#comment-327より

低体温症リスクを登山計画に盛り込むのは実効性があるか

あともうひとつ、低体温症発生回避についてコメントさせてください。

私の経験上、低体温症のリスクを客観化して、それを避けるために停滞あるいはエスケープするという判断基準を持っている組織はごく少ないのではと思います。つまり、どのような条件が組み合わさると低体温症になるか、という判断はきわめて難しいと思います。しかし今回の遭難を教訓に今後研究を深める必要がある分野だと思います。

ただし、実践的には、通常の組織登山の計画では、そういう難しい判断を現場でするよりも、一定の天候条件を下回った場合は何々する、という具合に、もっと広い範囲で網をかけてしまうほうが計画作成上は合理的だと私は考えています。天候の基準であればパーティ内部でコンセンサスを得やすく、議論する時間も最小限ですみます。現場での判断基準はできるかぎりシンプルにしてリーダーの思考の負担を減らすのが安全登山のキモだと思います。

低体温症といえば、かつて厳冬期の十勝で、奇しくも美瑛岳を越えたあたりで晴れていたものの強風下、メンバーの一人が近い症状になったことがありました。ザックにつけた気温計は−23度をさしていました。
これは今回の十勝の件はほとんど報道されていませんので、ここでいうべきことではないかもしれませんが、重荷を背負っていたこと、行動開始して2時間以上は経過していた、という点で、共通点があります。さらに防寒具に不備もありませんでした。しかし、事例としては、朝、雪洞や小屋を出た直後になるというパターンが多く散見され、いずれも比較的高所で急激な温度の変化を経験するときに発症しています。いろいろな事故例をみると、経験的には、しばらく行動して体が暖まる前に冷たい強風などにさらされると低体温になる可能性があるというカンが働きますので警戒していますが、しかし、ほぼ同一の気象条件下で、最初は元気に歩いていたが、しばらく行動しているうちにだんだん動かなくなる、みたいなケースというのは、判断が難しいものがあります。

ですから、低体温症回避という判断基準が登山計画において実践的であるかどうかは、私にはよくわからないところがあります。つまり、具体的にどういう条件になれば、停滞なりエスケープの判断をするか、これはかなり頭を使うのではないでしょうか。

参考になれば幸いです。
http://subeight.wordpress.com/2009/07/26/escape/#comment-293より

今回のトムラウシの事例を極めて大雑把に法則化すると・・

1 行動開始後 6時間で 30パーセントの者が発症し
2 行動開始後 10時間では 60パーセントのものが発症する
3 行動開始後 18時間以降に自力下山出来たものは、30パーセント以下であり。自力下山できないものは、瀕死の状態で救助される・・。

前提条件として、縦走三日目、中高年登山者、体感気温マイナス5度程度の暴風雨下の行動、・・となります。

低体温症の問題は、確率の問題として捉えるのが、よろしいようです。

とのsilvaplaunaさんの見解をうけての回答

  • -

silvaplauna様

リスクを定量化するとしたら、おっしゃるような分析になろうかと思います。
もうひとつ重要な前提条件として、レインウエア等の装備は追加すべきでしょうね。
今回生死を分けたのは、レインウエアの質だともいわれております(ただし吉川さんはゴアテックスなどの素材を着用していました)。

行動指針としては、悪天候での長時間行動を避ける、につきてきますが、リーダーはその理由付けとして、silvaplaunaさんが分析されているような基準を参照するのがよいと思われます。

発症者が出た場合の対処方針については、ボトルなどを使用した湯たんぽ作戦など装備を含めた具体的な処方を頭に入れておく必要がありますね。今回の場合は、こうした対処がどうだったか、今後の事実解明を待つばかりです。

リーダーの発症については、美瑛の場合でもガイドが発症しておりますし、これはこれで、リーダーの判断能力の喪失が更なる悲劇を招きかねないことを考えると、実は過去の類似事例を整理する必要がありそうです。
古い話では、79年3月の知床遭難という、吹き溜まりのテントを救出中に、リーダースタッフが疲労凍死した事例があります。個人的には、この点に関心が強いです。

私のコメントはあまり整理されておらずブレインストーミング的なものですので、余計に混乱させてしまったとしたら、ごめんなさい。また、ひとつのアイデアとご理解ください。
http://subeight.wordpress.com/2009/07/26/escape/#comment-296より