今後のツアー登山はどうあるべきか〜ツアーガイドの問題 その2

ツアー登山の課題〜ガイドの資質について

前回は、自分自身の過去の経験を踏まえて、ツアー会社がとくにプランニングにおいてマネジメント能力を強化すべきだという意見を述べました。
計画ないし業務指示書がしっかり立てれられていれば、ガイドの負担は軽減されます。
次に、ツアー会社からアウトソーシングされるガイドの問題に進みます。

ツアー登山のガイドの実態

・・というほどよく知っているわけではないのですが。
結論から先にいいます。
報道されているように、ガイドの資格規制を強化するなどの、日本全国のツアーガイドの能力底上げ作戦は、前述の企画会社のプランニング能力向上とセットでなければ効果的とはいえません。
ツアー登山の安全は、7割がたを企画書でカバーし、残りの3割を現場でフォローする体制が望ましい。どんなに規制をしてもヘナチョコガイドは出てきますので、あまり現場任せを前提にするべきではありません。

ガイドに最小限必要なスキルは、私が思うに、第一に、登山計画を読み込む力(業務の理解能力)であり、第二に、計画上示されたルート評価・パーティ評価・天気基準・装備を現場でアップデートする能力、第三にパーティを統括する能力(遂行能力)、そして最後に適切な知識すなわち、医療救急・自然リスク・気象・装備・食料計画・運動生理学に関する知識です。

もちろん、ガイドが緊急時に客を背負って下山できるような屈強さもあればあるに越したことはありませんが、ハイキングガイドの場合、野獣のような元気な学生を雇うなどしてアウトソーシングすれば足りますし、山での判断以外の雑務はアウトソースするのがベターです。急斜面や岩のルートでの客のサポートはガイドの仕事からはずしたほうが無難ですし、そういった業務は特段のスキルを要しません。ガイドは状況判断に専念するべきです。

しかしながら、現状では、上述の3つのスキルについては、ガイドの資質を確かめるすべは非常に限られているというべきです。いかにしてガイドの判断能力を計量するか。これは大きな課題です。登山の知識については講習会等でチェックすることが可能ですので、今後は資格規制強化に伴い、法令上の講習会受講義務といった制度をつくるのも一案です。

さて、理想はともかく、実態はどうでしょうか。

統計をとることができず、漠然とした印象に過ぎないことをお断りしたうえでいえば、組織登山とりわけ冬山登山を十分に経験したことのないガイドは、いまひとつ危険認識に欠け、判断に信頼がおけないという印象をもっています。また、たとえば、四十の手習いで登山を始めてガイドになった中高年の人たちや、学生のサブリーダーが慣れてきてガイドに昇格した場合(私などは典型)、あるいはツアコンが次第にガイドも兼務するようになったケースなど、出自もさまざまであり、少し怪しげです。ガイド専門で生計を立てているプロフェッショナルは、ツアー需要総数に比べると圧倒的に小数なのが実情でしょう。ほとんどが中高年登山ブームであまり計画性もなくツアー企画をやたらめったらに増やしたあげく、ガイドの人手不足を補うために、ツアー会社は助っ人を雇っているのではないでしょうか。もちろん有資格の専門ガイドだからとって判断能力があるという保障はどこにもないのですが、学生上がりのにわかガイドや中高年の趣味の延長からやってきたタケノコガイドに比べるとプロとしての自覚が期待できるだけに幾分ましです。ざくっとした印象数字でいえば、シーズン最盛期の7月で、少なくとも4割くらいはガイド業務に不慣れな人間がガイディングしているのではないでしょうか。

もちろん、これは印象論にすぎません。判断能力というのは本当に計測しがたく、実際に山で一緒に行動してみなければなかなかみえてきません。
また誰しもいきなり経験豊富なガイドになれるはずもなく、修行中の新米時代というのは存在するわけでその意味では、100%経験豊富なガイドで占められるべきとまではいえません。
しかし、この経験年数や出自に関する統計は今後きちんとしたベースライン調査を行い、把握されるべきです。それがなければ資格強化も絵に描いたもちだからです。

大雪山遭難パーティのリーダーに欠けていた能力とは何か

さきほど、ガイドとしての業務に最小限必要な能力を4項目に分解しました。
もう一度、整理しましょう。

1.登山計画を読み込む力(業務の理解能力)
2.計画上示されたルート評価・パーティ評価・天気基準・装備を現場でUpdateする能力
3.パーティを統括(Organizing)する能力
4.医療救急・自然リスク・気象・装備・食料計画・運動生理学に関する知識

1.登山計画の理解力

前述のとおり、ガイドに業務指示書を伝達しない風潮がツアー業界全体に蔓延しています。
これでは、ガイドが登山計画を理解する手がかりは、行程表と装備表くらいしかないことになります。ガイドは自分の想像力で、あるべき登山計画を自分なりに再構成するしかないわけですが、大雪山遭難の場合はどうだったのでしょうか。

いままでのさまざまな報道や生還者の証言を照らしますと、多田ガイドが最終判断権をもっていたと推察されますが、そうすると、焦点は多田ガイドがいかなる登山計画を想定していたか、がここでの問題になります。これに関して、私は生還者の戸田さんから情報を引き出そうと試みましたが、所詮、客の立場からは、ガイドの頭の中にある山行イメージまでは事実として証言することができないという印象をもちました。

しかし、いくつかヒントは散見されます。
それはいずれのガイドも、行動中のその時々において、客に今後の行動予定を理由を含めてきちんと説明していなかった様子が戸田証言から伺われることです。7月16日早朝の出発延期の判断に関して、戸田さんはトイレにいっていて聞いていなかったと残念な証言がされていますが、この判断はガイドの想定計画を知る手がかりになります。いずれにしても、この点の分析は保留とせざるを得ません。本人および松本ガイドの供述を待つほかないかもしれません。

2.ルート評価・パーティ評価・天気基準・装備を現場でUpdateする能力

リーダーには計画が想定していたルート状況、パーティの行動能力が現場で一致しているかを常に確認する義務があります。
ルートの一部が崩壊していた、あるいはパーティの一部に病人が出た、などの情報は常に更新され、それをオリジナルの計画にフィードバック(計画の再構成)する必要があります。

この点に関して、遭難パーティは、ツアー初日に嘔吐を何度も催すなどの体調不良者1名を認識しながら、翌日のツアーを続行し、2日目も依然として嘔吐するなどの体調不良者を認識していました。これは戸田さんの証言から明らかになった目撃事実ですが、これはパーティの行動能力を引き下げるべき重要な判断材料のひとつといえます。通常、組織登山では一人でも行動能力が劣化すれば全体として行動能力が劣化すると考えるべきだからです。したがってリーダーは一番体調の悪い人、脚力の弱い人を常にマークしておく必要があります。

またパーティ評価を更新する重要なツールであるハンドシーバの不携帯についても、疑問の声が上がっています。さまざまな証言から、行動中、ハンドシーバによる交信がなされた形跡がひとつもなく、これが迅速な判断を妨げた可能性が非常に高いというべきでしょう。

3.パーティを統括(Organizing)する能力

この能力は、上述のプランニングするスキルとは全く別といっていいリーダーシップの根幹にかかわるキャパシティです。

誰しも登山を始めたばかりのころは「処女峰アンナプルナ」を読んで興奮し、さも八千メートル峰にチャレンジしてきたかのような追体験を味わうものです。また山野井泰史の登攀記録を読んでは遥かかなたの辺境のクライミングに想像を掻き立てられるものです。

同様に、私たちは登山計画を立てる際に、何がしか過去の登山記録を参照することが多いでしょう。
その際、メジャーな山域ではルートの状況、天気などは詳細に記述がある場合が多いので、その追体験をもとに、それを自分の登山計画に活かすはずです。その結果、計画を発表する人間はさもみてきたかのようにルートの状況を説明でき、局地的な気象条件についても詳しく語ることができるようになります。

しかし、ここには大きな落とし穴があります。
それは計画で説明されたルート上のリスク、気象、デフォルトのパーティ評価に対して、実際にきちんと対応できる力がそのパーティにあるのか?経験があるのか?という問題です。
プランナーであることとオーガナイザーであることは全く別のことです。
誰でも想像力さえあれば、8000m峰のルート評価をし、気象について得々と説明することができるでしょう。また、たとえば、、ビッグウォールの途中のセクションで、5.10+ poor pro or A3+というトポの記載があった場合に、ノープロテクションでフリークライミングで速攻をかけるか、数時間かけてネイリング(ハンマーをふるって確保支点を作りながら前進)するか、というそこまでのイメージはできたとしても、じゃあ、実際にお前らは現場でどちらの選択をするのかというと、それは当事者にしか判断できないことですし、このパーティにはどちらかの選択が可能であろうという信頼は、リーダーのそれまでの経験から推し量ることによってしか生まれないのです。

もっと具体的にいいましょう。
たとえば、登山計画において、行動中ふらつくような風雨では行動をしないという指針を立てていたとします。さて、実際の行動中、ふらつくような風雨になりました。このとき計画(あるいはその後に更新された計画)したとおりに、ふらつくような風雨だから行動を見合わせましょうという決断を下すことのできる能力です。また客の行動能力の劣化を未然に防ぐべく、客のサポートをするのも危険を事前に回避しつつ業務を遂行する能力のひとつです。これは休憩をとる、食事や防寒具着用の指示を出す、といったこまごまとした実務が含まれます。
簡単そうにみえますが、この能力を確認するのは非常に難しい。

この点に関して、遭難パーティのリーダーはどうであったでしょうか。
また企画会社はどのような経験を参照して、リーダーの判断に信頼をおく根拠をもっていたでしょうか。初期の報道で、松下社長が吉川ガイドがこの縦走コースの経験者であると述べていたことに私は愕然としました。のちの報道で明らかになったように、吉川ガイドはこのコースの経験がありませんでした。結局、企画会社はガイドを委任するにあたり、リーダーシップがあるとする根拠はなんだったのか依然として不明です。

また、具体的な登山計画がリーダーの頭の中にしか存在しなかったとするならば、これはリーダーに聞く以外になく、現時点では、藪の中というべきです。だからこそ登山計画は共有されるべき情報なのですが、多くのツアーでは登山計画という概念が空洞化しており非常にあいまいなのが現状といえます。

事故パーティの16日以降の行動についての戸田さんの証言をみると、明らかにリーダーシップの欠如をうかがわせる事実がみえてきます。防寒具着用の指示が伝達されなかったり、風雨のなか、パーティを待機させたり、などです。
しかしながら、大雪の遭難パーティについて、私たちはどの時点以降の判断能力の欠如を責めるべきなのでしょうか。ある人は、風雨が強い中、小屋を出発する判断したこと自体が責められるべきだといいます。またある人は、天沼付近で引き返すべきであった、という。またあるひとは、北沼で1時間以上もその場で待機させたことに非があるといいます。パーティが分断したのが悪いというひともいますし、分断はやむをえなかったというひともいます。あるいは携帯電話での救援要請をなぜ優先しなかった/現実に低体温症で緊迫した状況ではどちらを優先するべきかはトリアージ的な決断になろう、など。

つまりヒサゴ沼避難小屋出発以降のパーティの行動については、本来どういう行動をなすべきであったかについては議論がわかれています。私は結果論の机上においても判断がわかれるような問題を現場の修羅場においては冷静な判断は期待できないと考えるのが妥当ではないかと思います。

今回のように、複数の場所で相次いで客が行動不能に陥ったスパイラルを想定すると、これに対する対策を事前に計画し、実行する能力はさほど重要ではなく、むしろ、判断するべき難題が次々に発生し、対応不能に陥る悪循環に至る前に、状況をコントロールし、すばやく組織する力こそがここで問われるリーダーシップです。
緊急時に適切に対処する能力よりも、緊急事態を予防する計画遂行能力がより重要です。遭難パーティのケースでいえば、7月16日に小屋を出るときの判断が焦点になります。
もしかりに、ガイドに対して、次々に故障者が発生したあとの緊急時の対応能力までを強く要求するならば、世の中のガイドの実態に全く即してない机上の空論というべきです。


実は、私は質問事項を作成しながら戸田証言には、この点の解明に期待を寄せたのですが、戸田さんの主観を取り除くと、証言の2割くらいにしか、そのヒントを見つけることができませんでした。これは被害者としてのやむをえない制約と思います。

この点は、裁判等で明らかになればと願っています。
(なお、この論点についての私の見解をみると、多田ガイド擁護の工作員と呼ばれてもいたし方がないかもしれませんね。評価は諸賢のご判断にお任せしたく思います。)

4.医療救急・自然リスク・気象・装備・食料計画・運動生理学に関する知識

これらがリーダーに必要な知識であることはいうまでもないことです。
しかし、遭難パーティはこの点で、重大な欠落があった可能性があります。

報道や生還者の証言から構成された遭難時のドキュメントをたどると、どれをとってもリーダーには不十分な知識しかなかったのではないかと疑わざるを得ません。

とりわけ気象と低体温症に関する知識は、生死を分ける重要な知識であったにもかかわらず、証言から浮かび上がる現実の対処のあり方からは、対処の十分な知識があったようにも伺われず、また予防策も不十分だったといわざるを得ません。戸田さんの証言によれば、北沼で発生した最初の故障者に対する初期対応は、しっかりしろと声をかける、テルモスのお湯を飲ませる、背中をさする、の三つです。素人目にも決して適切とはいえませんでした。少なくともすぐさまテントを張り、体温の低下を防ぐべきでした。もし三名のガイドに低体温症の適切な知識があれば、被害をもう少しは防げたかもしれません。

今後の方策

1.ガイドの登山計画の理解を促進する方策は、ツアー会社に対するインプットを検討することでボトムアップ的に可能かと思われます。つまり、ツアー会社はガイドとともに計画案策定に議論を尽くすべきです。そうすることでツアー会社はガイドを適切にコントロールすることができ、ガイドのクォリティの均質性も担保する道筋ができます。また下界で訓練が可能だというメリットもあります。

2.現場でのパーティ把握能力について。
これは難問です。コミュニケーションスキルもかかわってくる問題であり、これはガイドがこのスキルを習得するの時間がかかるようであれば、ガイドに向いていないものとして、淘汰されるべきでしょうね。妙案は浮かびません。

3.現場での判断能力について。
これについては、ハイキングでトレーニングするよりも、長期の冬期縦走や冬季登攀や厳しい沢登り・クライミングを通じて、精神的な余裕を磨くのがベターと思います。また自分自身が追い込まれるうようなシビアな登山の経験を通じて、余裕のない客のマインドも理解する一助になります。そういった研修プログラムを利用してみてはいかがかと思います。

4.登山の知識
これは前述したとおり、講習会メソッドが有効です。大勢のガイドを集めて開催できるメリットがあります。これは行政が関与してもいい対策ではないかと思います。


さて、ツアー会社の問題、ガイドの問題をひととおり軽く触れました。
次回は客の問題について考えます。トムラウシ遭難の教訓3〜ツアー参加者の問題 - + C amp 4 +