今後のツアー登山はどうあるべきか〜ツアー企画の問題点 その1

先月16日から17日にかけて発生したトムラウシ山遭難事故から2週間以上たちました。
この事故に大きな関心を寄せていた私は、さまざまな初期報道からは事実経過がどうしても飲み込めず、矛盾を整理するために、ありとあらゆるニュース報道を漁っていました。そんな折、文字通りありとあらゆるウェブ報道を収集し、分析を加えているサイトに出会い、これ幸いと、以降、そのサイトを中心に自分なりの意見を述べてきました。

最終的には、今後のトムラウシ登山のモデルプランのようなものをあのサイトを通じて提示できればよいな、という甘い目論見がありました。しかし、私にはどうすることもできない理由で管理人の機嫌を損ねてしまい、私の希望はいったん頓挫することになりました。というか、よくよく考えれば、最初から他人のサイトを宿借りするのがずうずうしいと反省すべきでした。

さて、09年のトムラウシ遭難は、およそ二つの観点から教訓を抽出するのがよいと思われます。
ひとつは、消費者という立場からみた、ツアー登山のクォリティの観点。
もうひとつは、比較的難易度の高いとされるトムラウシ山縦走コースに挑む一般ハイカーに対するアドバイス

本エントリは、ツアー登山の落とし穴という観点から、事故の問題点と今後の処方箋について軽く触れたい。まずは、ツアー会社の問題点をとりあげます。次回以降のエントリでは、ガイドそして参加する客の問題、そして一般登山者向けのトムラウシ山縦走のプランニングについて提案します(帰国後、改めて既往資料をみてから作成します)。
トムラウシ遭難の教訓1〜ツアー企画の問題点 - + C amp 4 +ツアー企画の問題
トムラウシ遭難の教訓2〜ツアーガイドの問題 - + C amp 4 +ツアーガイドの問題
トムラウシ遭難の教訓3〜ツアー参加者の問題 - + C amp 4 +ツアー客の問題

ツアー登山の課題

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/23738.htmlは次のように述べています。

【 ツアー登山の問題点 】

ツアー登山で参加者が死亡する事故は、たびたび起きています。同じ北海道では10年前に羊蹄山でツアー客ふたりが死亡し、7年前の7月には、今回と同じトムラウシ山でツアー客1人が低体温症で死亡しています。いずれの事故でも、ガイドは業務上過失致死で有罪判決を受けています。こうした事例がありながら、また大きな悲劇を生んだツアー登山。安全性を高めるために何が課題になっているのでしょうか。

その課題として、次の三点を指摘します。

▼まずツアーの日程に余裕を持たせるという点です。
予備日を設けるなどすれば費用が高くなりツアー客に敬遠されると言います。

▼つぎにガイドの技量の問題です。
ツアーとガイドの増加に伴って天候の急変やトラブルにきちんと対処できないガイドも増えていると指摘されています。

【 参加者側の問題 】
一方、参加者側にも大きな課題があります。登山ブームのなか装備や山の知識など十分な準備のないまま、ガイドまかせ、ツアー会社まかせで参加する人が少なくありません。

非常に正しいです。
NHK解説委員ブログの問題認識を基本として、三つの当事者グループの分析を進めます。

ツアー登山の主な関係当事者は、
A.企画する旅行会社(プランナー)
B.ガイド(リーダー)
C.参加者自身(客)
の三つであるといえます。

上記サイトによれば、この三つの当事者グループそれぞれにツアー登山の潜在的な危険因子が胚胎しているといえるでしょう。
ツアーの多くの場合では、ABCのうち何かしらほころびはあるものの、どこかでカバーし合って最悪の事態を避けてきた可能性があります。たとえば、企画した日程に無理があったとしてもガイドの腕がよく、適切な判断がなされたとか、参加者の行動能力が高かったとかです。

しかし、ABCの条件の組合わせが運悪くすべて悪い方に重なったとき、今回のような大惨事になるのではないでしょうか。

ツアー企画する会社の問題

通常、こうした登山ツアーは、旅行会社が計画を立て、日程を決め、それに添乗員をつけ、ガイドをアウトソーシングするという形が一般的のようです。添乗員がガイドもかねるケースもあるようですが、サービスの質がまるで違う、添乗員とガイドの二人羽織は避ける傾向があるようです。もっともこうした傾向は最近の話で、10年ほど前は、トムラウシ山往復ツアー20名を山岳経験もろくにない添乗員が羊飼いさながらに客を引っ張っているというケースもありました。トムラウシ山ではさすがに少しはなれた添乗員が来るのでしょうが、他の山では、羊飼いにすらなれず、添乗員がバテて途中で待機しているという姿も何度か目撃したのを覚えています。

こうした羊飼いツアーの大半は、90年代はじめに沸き起こった中高年の百名山ブームに乗って、登山旅行の分野に乗り出した大手の旅行会社やバス会社、鉄道会社でした。

旅行エージェントは当然、航空機・ホテルの格安手配を得意としますから、そこで価格差をつけようとしますし、バス会社は、とにかくどんなに遠くてもバスで行くセンスです。

バス会社の例

さしあたって具体例としてバス会社の例をとりあげましょう。
皆さんはバスの待合室でバス会社の企画した旅行ツアーのチラシやポスターをみたことがあるでしょう。なかには温泉ツアーなどに参加された人もいるかもしれません。バス会社の強みは、自分で登山口までダイレクトにつながる移動手段を持っているという、その機動力です。しかしホテルや航空機の手配には弱く、宿泊ツアーでは価格競争になかなか勝てません。したがって、バス会社の企画はそのほとんどが日帰りツアーとなります。つまり、バス会社としては基地局から日帰りで往復できる範囲が営業テリトリーとなります。

しかし、問題は、「ではどこまで日帰りで行ってしまうのか」です。
日帰りツアーの拡張概念に、【夜行日帰り】というタイプがあります。
これが曲者なのですね。夜行日帰りのギリギリの線ってどこまでなんでしょう。
土地勘がない方にはわかりにくい例かもしれませんが、札幌ー釧路を夜行日帰りでいく登山ツアーみたいなハードな企画が実在するのです。これは客より先に運転手がぶっ倒れます。

週に4回も夜中に日勝峠を越えるバスの運転手はいったいどこで休んでいるのでしょうか。

あるバスの運転手はいいます。
「いやぁ最近ほとんど寝てないさ。最近、夜行日帰りが連ちゃんよ」
運転手の間では、ハイキングツアーは貧乏くじのようなものです。一般道でも長時間運転のリスクがあるうえ、登山口までの林道をバスで突っ込むのもときには、命がけです。ですので、慣れている運転手しか割り当てられず、結局、適切なローテーションがなされず、同じ運転手が何度も夜行日帰りハイキングにまわされることがあるのです。

バスの運転手の悲哀は別の問題としても、ここにすでに、バス会社の企画の無理が現れているのがわかります。乗客はほとんど曲がらない座席で仮眠し、翌朝からがつがつと山に向かうわけです。

ところがバス会社のハイキングツアーで登山中の重大事故というのはあまり耳にしません。客は寝不足でフラフラになっているはずです。
なぜでしょうか。これは、ひとつに、バス会社のテリトリーが日帰りエリアに限られているため、難易度の高い縦走コース等を企画することがそもそもできないという偶然によるのではないかと思います。要するに、バス会社の制約条件として、日帰りピストン(同じ登山口からの往復)の企画にならざるを得ず、その結果、何かあったときの対処がしやすいツアーが多いということです。
バス会社の制約がツアーの安全を担保していたんですね。
それでも、どこの業界にも限界にチャレンジするバカがいるわけで、四国からオール仮眠4日間の富士登山バスツアーなるものも企画されているのを最近みかけました。参考:http://www.travelroad.co.jp/005/huji/fuji-o.htm

ではツアー会社に企画書なるものはあるのか

私はツアー会社の人間ではないので、憶測にすぎないことをお断りした上でこう勘ぐっています。

内部にはあるのかもしれません。少なくともガイドに手渡ししたり打ち合わせしたりする内容のあるものは存在しないことがほとんどでしょうね。

私は学生時代から好んでツアーのサブリーダーのアルバイトをしていました(学生にしてみれば日給1万円温泉付は魅力的だった)。しかし、どのツアー会社でも、行程表と地図と装備表以外のものをみたことがありませんし、事前の打ち合わせをしたこともありません。たいてい、当日の朝か夜に集合場所で初顔合わせをし、そのままろくに会話せずに山に突入!というパターンが多かった記憶があります。「あんた、この山初めてかい?」くらいは聞かれたかもしれません。しかし、学生のころは、いかにもリタイアしたじいさんが小遣い稼ぎにしてるんじゃないかと思われるような無能そうなガイドに当たってしまうと、自分もそうであるくせに、内心、何事もないことを祈る気持ちでした。実際のところ、ツアーが始まってしまうと登山計画について打ち合わせする時間などありません。

しかし、山岳部等の組織登山を経験すると、机上でのプランニングがいかに大切かを身にしみて思い知らされます。詳しくは、http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20090806#Planningに私の考え方を記載しましたのでご覧いただければと思います。あらゆる軍事行動がそうであるように、登山の成否は、プランニングにかかっています。机上のシミュレーション抜きに現場の司令官の行き当たりばったりの判断に依存していたら、必ず失敗します。

ところが、バス会社のツアーの場合、軍事行動になぞらえるほど、緊迫した企画ではないのです。
往復5〜7時間程度の山中行動のハイクツアーがほとんどです。半日程度の日帰りハイクで、イラクでの軍事作戦なみの綿密な企画書をつくれといったら、誰でもバカバカしいと思うでしょう。
つまり、装備の一つ一つの重量までチェックするといった綿密な計画を立てるほど、切羽詰ったルートでもないため、ツアー会社の側で、安易な企画書で通してしまうインセンティブが働いてしまうのです。また、バス会社は所詮、流行に便乗しているにすぎず、リスク管理に通じた専門のスタッフを適切に配置しているわけでもないので、綿密な計画を立てる能力と習慣がそもそもないといっても過言ではないでしょう。

つまりバス会社の企画において、安全管理は漠然と理解されているにすぎず、かりにマニュアルが存在するとしても、それが実行部隊たるガイドには公開されない以上、単なるお役所向けの文書に過ぎません。

アミューズツアーの事例から学ぶこと

アミューズトラベルのツアー企画は、バス会社の日帰りツアーに比べると、本社のバックアップ体制から装備の検討、顧客への事前の確認など安全性への配慮を含めて、あらゆる点でマシです。工作員呼ばわりされそうでいいにくいことですが、その辺のバス会社と比べるとずいぶんしっかりした体制にみえます。
90年代後半、まだアミューズトラベルが北海道の山に現在ほどは進出していなかったころ、アミューズトラベルは価格では勝負していませんでした。他社比2割増くらい?だったのではないでしょうか。
恐らくその理由として、価格で勝負したくともできなかったのでしょう。山岳専門のツアー会社としては業界で新参者でしたし、エージェントとのコネクションも薄く、ホテルの割引も交渉力が低かったと推察しています。
それでも顧客を徐々に獲得していったアミューズの戦略のひとつに、サービスの向上があげられると考えられます。客の立ち話を盗み聞きすると、浮かび上がってくるのは、固定客の創出戦略です。まず添乗員にボンクラを絶対に雇わず人間的にも魅力的な精鋭を揃え、お客さんの立場にたったツアー作りを心がけ、固定ファンを次々に引き寄せます。
第二の戦略は、登山ツアーのターゲットの拡大です。従来、どこのツアーも厳しい登山計画では年齢制限を設けていました。アミューズトラベルは、年齢にとらわれることなく、実際の登山歴をヒアリングすることによって能力確認をする戦術にでました。これにより、潜在的な顧客層のパイを大きく広げることになりました。客側にとっては、どこのツアー会社でもお断りされる高齢者でもアミューズが面倒みてくれることになり、結果としてアミューズツアーの平均年齢が相対的に高くなりました。「来る者は拒まず」戦略とでもいいましょうか。

第二の戦略は、登山計画に反映されており、過去のデータから、アミューズ独自ともいえるゆるい歩行スピードをもとに、行程表の時間読みが計算されています。これは客のヒアリングでもはっきりわかるのですが、アミューズツアーの固定客は、他社のハイスピードの登山を敬遠して流れてきているケースが多くみられます。山をゆっくり楽しみたいという動機の客もいれば、体力的な問題を抱えている人もいます。お客さんのひとりはこういいます。「某社のツアーは、弱い人にペースを合わせない。先頭集団についていけない人は次々にリタイアし、そこで待機させられます。先頭集団についていけた人たちだけが頂上を踏めるんです。それにくらべるとアミューズは・・略」と新聞社系列のツアーをこう評しています。このように、客の中には、他社のツアーの安全面に不安をおぼえてアミューズツアーに参加するひともいます。ただ、一方で、恐らく、客のなかには、もはやアミューズトラベル以外のツアー会社では断られて仕方なくアミューズに参加するひともいるはずです。つまり、顧客の基盤として、中高年のなかでも、さらに行動力の弱いグループをターゲットにいれていることになります。

しかし、パーティの標準的な行動能力を低く見積もることにリスクはないのでしょうか。

つまり一般の登山者が9時間かけて歩くコースはアミューズタイムで11〜12時間かけて牛歩のように歩く、といった行動能力の引き下げは、計画上、安全を阻害するリスクにならないのでしょうか。
当然のことながら、山中での行動時間が長くなればなるほど、行動中の危険は増します。
行動時間が長ければ体力を消耗しますし、悪天につかまるリスクもでてきます。
いいかえれば、牛歩センスは、比較的良好な天候の場合は、安全側に作用する場合がありますが、悪天候の場合は、パーティの行動能力を減退させる悪循環にはまり込む危険性をはらんでいるのです。

では、アミューズトラベルの企画において、こうしたリスク分析が反映されていたかどうか。
具体的には、行動可能な天候基準を厳格にとらえていたかどうか。

もしかりに計画段階で、7月16日のトムラウシ山越えの行程について、行動できる天気基準を明確にしてあれば、会社がその説明をすることが可能であったはずです。たとえば「小雨程度なら行動する予定になっていた」とか「体力の消耗する天候では行動しない」などです。これはマニュアル等の一般的事項ではなく、個別の行程について検討されていたかどうかです。しかし、現実には、一切の説明はなく、すべて現場の判断にゆだねていたといいます。これでは登山計画があったとはいえず、ガイドに行程表だけを渡して丸投げしたと批判されても仕方がありません。

パーティが行動できる天気というのは、ルート評価とアップデートされたパーティの行動力との関数できまります。もともとの計画で設定された行動可能な天気をもとに、パーティの能力の変化に応じて、天気基準の見直しをする作業が現場のリーダーの仕事となります。リーダーはその場で登山計画を立てるべきではなく、所与の基準を現場で確認するべきなのです。この計画と実施のプロセスのデマケができていなかった可能性があります。

これはアミューズトラベルに限った話ではなく、ほぼすべてのツアーに当てはまる大問題です。
多くのツアーは、実践上の登山計画をガイドやツアーリーダーに丸投げしているのです。

これにより、結局、行動できる天気基準ひとつをとっても、確たる標準化がなされないため、ガイドの資質に依存することになります。攻撃的なガイドは悪天候でも突っ込むし、弱気なガイドは石橋を叩き割ってでも渡らない。そんなガイド任せの登山計画は今後は厳しく批判する必要があります。

組織登山のメリットは情報の共有化にあります。
登山パーティがどのような基準で行動するか、悪天時の行動パターン等をあらかじめ共有していれば、緊急時においてバックアップ体制も充実しますし、パーティの行動の予測を立てやすいのです。
しかし、アミューズ遭難パーティのケースでは、事故直後の社長の会見で計画性のなさを露呈していました。
読売新聞の初期報道によれば、現地のルートの精通しているのは、吉川ガイド一人であったと報道されていました。私はウソでしょと瞬間的に思いましたが、松下社長はその会見で組織登山のメリットをまるで生かしていないことを示してしまったわけです。

ツアー会社とガイドとの連携の強化

そこで、教訓として、確実に次のことを私は提案できると思います。
まずツアー会社は、10〜20名規模の登山計画検討委員会を定期的に開催し、新規の計画だけでなく、既存の山行報告をもとに計画にムリがなかったかどうか、ブレインストーミングをまじえて、入念にチェックする機会をもつべきでしょう。とくに悪天候のシミュレーションは綿密に行い、考えうるケースは考えつくした上で、あらかじめいくつかの選択肢を計画に盛り込んでおくことです。たとえば、故障者の離団ないし故障者が生じた場合のパーティ分割の動き方、エスケープルート、停滞日の使い方などです。

その委員会を開催することで、参加者(添乗員やリーダー)同士が啓発しあい、自分では気がつかなかったリスクの発見につながる可能性があります。
したがって、ここで議論された内容は、参加できなったガイドグループにも議事録を配布するべきです。またガイドにとっても、企画会社側が責任をもって、行動基準を明確にしてくれれば、現場で撤退やエスケープの判断を客に説明する際に、「登山計画上、ある一定の条件下では行動しないことになっている」等と理由をつけやすいはずです。

また、そもそも企画会社がこうした計画策定作業に慣れていないという、シュールな事態も想像されますので、プランニングとは何かについて徹底的な社内研修をすることをお勧めします。


トムラウシ遭難の教訓2〜ツアーガイドの問題 - + C amp 4 +(ガイドの資質の問題)に続きます。