アブナイ登山ツアーを見極める7つの視点

万里の長城遭難事件の続報を目にするたびに、アミューズトラベル社に対する失望が深まるばかりですが、旅行会社を責めるだけではなく、消費者もいいかげんな会社かどうかを見極めるリタラシーを身につけなければいけないでしょう。報道によると、会社は当初、現地ガイドの名前もいえませんでした。だとすると、ツアー客も誰に案内されるのか知らされずについて行った可能性もあります。いいんですか?そんなことで。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121105-OYT1T01326.htmによれば

中国河北省北部の万里の長城付近で、登山ツアーに参加していた日本人4人を含む5人が強風と大雪で遭難した事故で、ツアーを主催したアミューズトラベル(東京都千代田区)の板垣純一総務部課長が5日、記者会見し、悪天候にもかかわらずツアーを強行した判断は中国人添乗員と現地ガイドが行ったと述べた。

 会社としてはツアーの詳細をよく把握していなかったという。

結局、最後の一言につきています。私なりにいいかえると、この会社はプランニングというプロセスが欠如しているんです。
登山界では、登山計画というと、警察に提出するペラ紙一枚の行程表のことだとされています。どういうわけか勘違いされていますが、本来、計画とは登山検討のプロセスを色濃く凝縮した、緻密で具体的なものであるべきです。防災の計画がまさにそうです。とはいえ、自治体や国交省整備局のつくるような電話帳のようなズッシリ感のあるものを作れといっているのではありません。安易にリーダーの経験に頼るな、といいたいのです。登山界では事故あるとすぐにガイドの経験不足が取りざたされる傾向がありますが、経験はプラスにもマイナスに働きます。もっとも、身の程を知るという意味での経験知は大切だと思いますが、経歴だけでは登山の安全性はわからないものです。

たとえば、しばしば引き返す勇気といいますね。これは違います。
引き返しの判断基準と判断する場所を事前の計画でフィックスしてしまえば、天候が悪化するなどの修羅場にきてもガイドが頭を悩ます必要がなくなりますし、留守本部としても、リーダーがどのような判断をするかを計画段階で理解することができるので事故があった際の、行動を推認することが容易になります。地図上で考えうることはすべて事前に検討しつくす。現場での頭脳作業の負担を減らし、そのうえで登山メンバー(客)の行動変容をすばやく察知し、行程の進め方にフィードバックし、未熟な技術のお客さんのサポートに全力をあげるのが正しいリーダーです。勇気などなくても計画どおり粛々と判断すればいいじゃないですか。

最終的な判断は添乗員やガイドがする。しかしながらその判断基準は事前に本部との間で共有されてしかるべきです。


さて、では消費者はどんなモノサシで、ツアー企画の安全性を推測することができるでしょうか。登山計画を綿密に組み立てている会社なのかどうかをチェックできる7つの指標を考えてみました。
1.ルート情報の正確性、2.確かな根拠に基づいた登山の進め方や戦略、3.リーダーの資質、4.登山チームとしての能力水準の把握、5.緊急連絡体制、6.装備チェックリストの有無、7.既存の登山記録との比較、の7項目です。

1.登山ルートについて正確な地形図を用いて、各行程の時間配分、危険箇所、安全箇所、樹林等防風ポイントの有無、各行程での目標物の有無、各行程で必要とされる行動技術、風向風力、気温など行動可能な天候基準、気象情報の入手手段、行動可能なルートの状態、下山後もっとも近い人家、緊急時の医療機関等の登山イメージについて具体的に説明を受けていますか。

まずは事前に調べうる客観的な事実をどれくらい把握しているかをみましょう。

2.登山続行が不能になる場合の天候・ルート状況について、計画のなかで具体的な判断基準が示されていますか。また続行不能になった場合の戦略・シュミレーション(予備日利用、エスケープルート等)について説明されていますか。

登山の進め方についての考え方を把握しましょう。たとえば、雪渓の通過、という局面では、どのようなやり方でどれくらいの時間でお客さんを通過させるつもりなのかの具体的な方法まで聞きましょう。引き返しが必要な場合について、たとえば、A地点を最終判断地とし、タイムリミット、気温、風、視界といった定量的な指標で一定水準を下回ったら自動的に撤退の判断をする、ということが客に事前に伝えられるかどうかを確かめましょう。

3.登山のリーダー(ガイド・ツアコン)のプロフィール・登山経歴、救助技術、リーダーとしての方針(山行の進め方)は開示されていますか。

リーダーの登山哲学を事前に知っておきましょう。
慎重派なのか、おおざっぱなのか。冷静なのか、キレやすいのか。コミュニケーションが苦手なのか、これも相性があるはずです。

4.ルートに照らし合わせて、客として登山を遂行するに必要な行動技術と生活技術水準が明示されていますか。また客の年齢、体力水準、病歴、常用する薬、悪天行動経験、最近の登山記録、事故歴、参加人数は事前にガイドに情報共有されていますか。またガイドからそれらの情報についてフィードバックする機会はありますか。

ガイドはお客さんの能力水準や体調をできるだけ正確に把握する責任があります。

5.緊急時の連絡体制(とりわけ客の自力下山も想定)や会社のバックアップについて具体的に説明を受けていますか。

会社はガイドの名前をちゃんと知ってますか?いざというときの連絡体制、連絡手段をお客さんにも周知しておくべきです。

6.団体および個人で必要な装備・食料・医療品について、すべてリスト化されていますか。

個別の登山での持ち物を具体的に把握する必要があります。極端にいえば、誰が何を着ているか、何をもっているか、フリース衣類やキットカットの一本一本まで、プライバシーにかかわるもの以外はリーダーおよびツアー会社は把握すべきです。

7.当地での登山記録、類似の登山計画、実績などと比較し、当計画に無理がないかを推測する判断材料はありますか。

そうしないと、未知のチャレンジに挑む冒険登山にいつのまにか参加していることになりかねません。


以上の7項目を満足するツアー会社はまずないのではないでしょうか。またこうしたことが事前に検討されるべきだとの自覚もないでしょう。それくらい、今の登山ツアー業界は病んでいると私は思っています。

行程表一枚を登山計画だと勘違いしている人たちにいいたい。
登山ツアー会社は、図上演習にもっと慣れてもらいたい。図上演習はプランニングプロセスを体感できるよくできたマネジメントツールです。
地図上で、登山のイメージを具体的に展開し、事前に把握していることと把握しえないことの区別を明確にしておきましょう。演習を通じて判断の枠組みを留守本部も共有しましょう。
とくに登山パーティの強み弱みをきちんと把握することが大切です。
初めて図上演習を行う場合は事前に資料を十分に読み込んだ上で、なるべく多くの関係者を参加させて、一件あたり3時間ほどじっくり時間をかけて実施しましょう。演習の最中に出てきたコメントや意見は議事録で正確に記録しましょう。

登山専門家の意見として、事故を起こした会社はリスク管理ができていない、教訓を活かしていないと報道されている。しかし、本当にわかっていっているの?遭難事故分析で有名な羽根田さんを含め、大いに疑念がある。具体的な提言が皆無だから。登山業界がえらそうにリスクマネジメントが必要と事故ったツアー会社に説教たれるのであれば、防災分野でやっていることと同じレベルのことを自分たちもやってみてはいかがでしょうか。