今後のツアー登山はどうあるべきか〜参加者の問題 その3

前回まで、
トムラウシ遭難の教訓1〜ツアー企画の問題点 - + C amp 4 +
において、ツアーを企画する会社側の問題点について考え、
トムラウシ遭難の教訓2〜ツアーガイドの問題 - + C amp 4 +
において、ツアー会社が実際の登山運営管理を委託するガイドの側の問題に触れました。

ツアー会社のエントリの結論は、ちゃんと企画書をつくって共有しろ、です。
ガイドについてのエントリでは、ガイドの資質の分析とそれをどう向上させるべきかについて今後の課題を述べました。


さて、今回は、ツアーに参加する客の問題について考えます。

Preface

ツアー会社、ガイドとともに、ツアー登山そのものを成立させている第三の当事者が客です。
客がいなければツアーは成り立ちません。
まず第一に、自力で歩きとおす登山者としての資質、続いてツアー企画に参加する消費者という属性、の2つの側面から考えたい。

大雪山遭難事故の生還者の一人は次のように語っています。

登山歴16年で、月4回は広島県内外の山に登るが「初めての山のプラン作成や道案内は人に頼るしかなく、ツアーをよく利用している」と中高年登山愛好者の実情を代弁する。今回の事故ではガイドの状況判断に疑問が残る。一方で「主催者側だけの責任でもない。今後は、歩くのは自分という自覚をさらに強く持ちたい」と誓う。地域・写真ニュース | 中国新聞アルファ

登山愛好家が営業ツアーと接点を持つのは、自分で登山を企画したいが、未知の山域では、登山計画作成やルートに不安を覚えるという理由があるようです。
さらにもうひとつの理由として、ツアーに参加すれば、個人では煩雑な交通手段や宿の手配などの雑務をまとめてやってもらえるのも利点です。とりわけ本州から北海道へ登山しようと思うと、手配の壁は心理的にも大きいものです。

登山者としての客

確かに道外からの登山愛好家が北海道の山に登りたいと思ったときに、北海道の山は本州九州などの山と比べると、ルートの情報も少なく、登山者向けの整備ができていないなど不便です。そうすると、本来ならば、ツアーに頼らずに自力で山に登りたいと思っていても、手ごろなツアーがあれば、計画も自分でたてる必要がなく、宿や車の手配も必要がないので好都合ということになるでしょう。
しかし、そもそも山に登るツアーに参加するということは、何もかもお任せするということではなく最終的には自分で最後まで歩くということです。計画作りやガイドと手配はお任せする。しかし歩くのは自分自身です。生還者の一人はこの点を強調しているようにもみえました。何が彼女をこのように誓わせたのでしょうか。

歩くのは自分自身

私の想像ですが、生還者のこの女性は、遭難発生後、仲間が次々に倒れ、ほとんどの客が下山できなくなったこの事態を招いたガイドの判断を疑問に思いつつも、何か想定外の事態が発生したときでも、最後は自分の身を守るのは結局のところ自分自身しかない。自力で最後まで歩ききる、生還してくるだけの基礎的な力は必要なのではないかと考えているのではないかと思います。もちろん、このような厳しい気象遭難に備えて自力で帰れる能力が必要という意味ではありません。しかし松本ガイドに必死についていくもブッチ切られて、自分の身を守るのは最終的には自分だという自覚が彼女の下山への意思と行動を支えたのではないでしょうか。

遭難パーティの自力下山者に共通するのは、自分の身は自分で守るというサバイバル術が彼らの行動を支えていたということです。生還者の戸田新助さんは、自分の判断で防寒着を身に着けたり、雨具のポケットの中に行動食を詰め込んでいました。また、前田さんは16日の出発前、タオルの真ん中に首を通す穴を空け、シャツの上にまとったといいます。

ツアー登山を度外視していえば、旭岳〜トムラウシ山の縦走コースをただ歩いてリーダーについてくるだけの最低限の行動能力はどの程度かを考えたときに、上記の生還者の証言は非常に考えされれます。

トムラウシ山登山に最低限必要な自己管理能力

ツアー登山や一般登山にかかわりなく、旭岳からトムラウシ山を縦走する登山者に必要な行動能力としては、三日間歩きとおす体力もさることながら、ある程度の自己管理能力が必要ではないかと思います。
上記記事の生還者の前田さんは前の晩、小屋で睡眠導入剤を服用したといいます。これも自己管理のひとつです。睡眠導入剤の服用ひとつとっても、山小屋にはじめて泊まるといった人は普段の下界と同じ量か、もしくは医師に相談せずに、眠れないと困るという不安に駆られて平素より多目に錠剤を服用してしまうケースがあります。多目に服用した結果、翌朝まで薬剤の影響が残り、フラフラになっているのを目撃したことがあります。恐らく前田さんはこの分量についてのわきまえがあったのかもしれません。

山小屋では他人のいびきや物音、たまたま陣取った環境などで眠れないことがしばしばあります。
しかし、それはありうることとして当たり前のことだと思わなくてはなりません。また北海道の山小屋が本州の営業山小屋と根本的に異なることも重要な条件です。管理人がおらず、暖をとるスペースが存在しません。雨の日には床が雨具から垂れた雫でびしょびしょになります。
そうすると、この点だけとらえても、少なくとも次のことがいえます。

2泊3日の山小屋泊ツアーに参加する登山者の最低限の行動能力のひとつは、眠りが浅く、場合によってはほとんど眠れていない状態でも3日間歩きとおせる力ということになります。また装備をぬらさずにパッキングする能力です。
どうですか?とても過酷な条件だと思いませんか。しかし実際には、あまたの夜行日帰りツアーが強行されているように、かなりの高齢者でも一日くらいは寝なくても平気で歩ける場合があります。
つまり、もっと一般登山者にわかりやすいたとえを使うならば、バスの夜行日帰りツアーを2日連続でこなすだけの体力があるかどうかを自問する必要があります。

またどんなに良好な天気を狙ったとしても、一日の行動が長くなれば、天候が急変して悪天につかまるケースが一度や二度はでてきます。
また停滞する前に低気圧につかまってしまえば、悪天行動をせざるを得ません。そのときに、防寒具をすぐに取り出せるようにザックの中にしまっておくとか、自分で雨具を着用し、フードをかぶり、休憩する場所がない場合でも、自分の判断で歩きながら行動食を口にいれることができるなどといった自己防衛能力が必要です。

トムラウシ山遭難についていえば、もちろんガイドの判断ミスが多くの命を奪ったことは間違いないでしょう。また、ガイドは客の自己管理についても可能な限り、指示を出す必要がありました。しかし、それにもおのずと限界があります。最終的に生死をわけたのは、ガイドの指示の悪さや、たまたま自分の立っていた位置などの運不運もあったでしょうが、最後は、どこまで自分自身を守れるかという自己管理能力の差だったかもしれない。前田さんはそういうことを生還者として感じとったのではないでしょうか。

消費者としての客

次に、消費者としての客の立場を考えてみたい。

参加条件

まず会社側からの視点で分析します。
会社がトムラウシ山縦走ツアー登山を企画する場合、少なくとも悪天行動と避難小屋泊の経験など上述したような最低限必要な能力水準を参加条件に示す必要があるでしょう。この参加条件は、もう少し具体的に必要な能力をブレイクダウンするのがベターといえます。これは参加希望者と電話面談で確認する程度になるでしょうけれども、出来れば書面で質問書を作成し、データを管理するほうがリピータの管理にもなります。
従来のツアーのように、年齢確認と山行経験のCVリストだけでは顧客のプロフィール確認としては不十分といえます。個別のツアー企画に即した参加条件テンプレートを作成し、山行報告をフィードバックできるデータベースを共有する必要があります。

しかし、現実の参加者が参加条件をクリアしているかどうかを確かめることのできる完璧な面談などできようはずがありません。登山経験を外部化することほど難しいものはないのです。
ツアー会社がオフィスで客に対してどんなに説明をつくしても、実際に山に入れば、客は自分が想定していた条件と違った!といったギャップは必ずでてきます。事前の申し込み段階で完全に把握するのは非現実的です。

そうなると、参加条件は、そういった不確定要素もふまえたうえで、より安全側にたった絞込みをするのが合理的ということになります。

提案

まず以下の項目を担当者が入力し、カウンセリングをはじめます。

・年齢・性別・身長・体重・登山経歴・雨天行動経験・長時間行動経験・避難小屋経験・他の季節の登山経験・年間山行日数・雪渓登降経験・高度障害の経験・所有装備・食料計画・歩行スピード・最近の登山はどこで何日前か・普段のトレーニングの有無・身体的弱点・既往症・常用薬

これらの情報のうちいくつかは定量的な基準を与えてチャート化し、申込者の行動レベルをランク付けしていきます。
例えば、年齢が70歳を越えていれば0点、雨天行動経験が1回であれば1点など。
また所有装備などは、漏れがないかどうか再確認します。

ツアー会社およびガイドの責任

さて、いったん以上のような参加条件を規定したうえで、客の申し込みを受諾した場合には、ツアー会社が責任をもってガイドに対してツアー中の客の行動の管理監督させなければなければならないでしょう。
前々回に、会社は登山の企画書をガイドと共有すべきだと述べましたが、客の管理の観点からも、ツアー会社は、客が参加条件を満たしていたかどうかを書面で確認するほうが安全です。

顧客の情報のマネジメント

ツアー会社の現状がいまひとつわかりませんので、いきなり結論からいいますが、安全管理の観点から、現状顧客情報は山行報告をフィードバックして更新・共有するシステムを確立するべきです。
少なくとも登山中のリスクマネジメントの観点からは、ガイドが、参加者の情報を事前に把握することが非常に重要です。
いいかえれば、安全管理の観点から、参加者の経歴を事前に会社とガイドの間で共有されるシステムを構築するべきです。

客の自己責任論

次に客側の視点で考察します。
ではツアー会社に示された企画書(装備・行程・進め方・登山の危険)や参加条件を理解したうえで申し込みしたのだから、装備や体力など自己の行動については自らが責任を負うべきだというべきなのでしょうか。

私は、その責任が成り立つためには、ツアー会社の説明内容がパーフェクトであり、かつ消費者にそれを理解する能力が合った場合に限られるのではないかと思います。
すなわち、たとえ客が参加条件の質問書に対してあいまいな答えをしたり事実と異なる回答をした場合でも、それだけをもって客の自己責任というべきではありません。なぜなら、ツアー会社がどんなにルートや天候・必要とされる能力水準などの情報提供をしたとしても、それはあくまで消費者がツアー選択する際の判断の一助にしかならないからです。それが事故の際の言い訳になりえるわけではないのはいうまでありません。

会社ないしガイドと消費者との間では、情報量と分析力・技術・判断力すべてにおいて対等ではないというべきです。つまり、会社は一部のお客さんがうっかり間違えて自分の能力を超えた過酷なツアーに申し込んでしまった場合でも、参加を認めるかどうかの判断を含めて、適切に安全に配慮する義務があるはずです。あるいは、途中で体調を崩してしまい、自分自身で適切な自己管理をしたいのは山々だか、自分の不調のためにパーティ全体に迷惑がかかることを思うと、誰にも不調を言い出せないといった状況は現実にありえます。その結果をツアー参加者の自己責任に負わせることは不合理というべきでしょう。

まとめ〜消費者側のリタラシー

消費者は賢くあるべきです。
きちんとしたマネジメントが出来ているツアー会社を選ぶ知恵が必要です。
そのためには、会社やガイドが本来どのような業務を行うべきなのかについて、ある程度の予備知識を持っているほうがいいと思います。
また消費者であると同時に、歩くのは結局自分自身だという自覚も当然求められます。法的責任は会社やガイドが負うでしょうが、甘い考えで登れば損をするのは結局は自分自身にほかなりません。

しかしながら、現実はきわめてお粗末な状況と推察されます。
客の意識は決して高いとはいえませんし、客の意識の低さが事故の誘因になっていることはいうまでもないことです。しかし、意識啓発のボトムアップ戦略は一体誰が啓発活動をするのかを考えれば一定の限界があるというべきです。
また多くの会社の管理体制は極めてお粗末というべきでしょう。アミューズトラベルだけが突出してお粗末だったわけではないはずです。

もちろん、上記に提案した対応がベストとはいえませんが、現実のツアー会社がこのレベルまで達しているかというと、私が知る限りにおいては、ごく少数ではないかと思います。
また会社はこれまでほとんどの場合で、ツアー会社の企画とガイドの資質、客の能力などの条件がすべて悪条件を重ねたことがほとんどなかったために、たまたま悲惨な事故を免れ、ニアミスですんできたのでしょう。そのため、成功していると勘違いしたまま、お粗末であったという認識すらないのではないでしょうか。しかし、条件が重ねればどこの会社でも起こりうる事故ではなかったでしょうか。

会社もガイドも、本来の業務分担がどうあるべきかを真剣に考えるときがきていると思います。