アミューズトラベル本社営業所の業務停止命令〜大雪山遭難事故のその後

 北海道・大雪山系トムラウシ山で昨年7月、登山ツアー客ら8人が死亡した遭難事故で、観光庁は15日、ツアーを企画した「アミューズトラベル」(東京都千代田区、板井克己社長)に対し、本社営業所の業務を16日から51日間停止するよう命じた。
 観光庁によると、業務停止期間は記録の残る1997年以降で最長。同庁は「必要と定められた旅行業務取扱管理者を長期間置かないなどの事情を考慮した」としている。
 アミューズ社は、昨年7月13日から17日のツアーに際し、安全確保のため必要な計画作成などをしなかった。また、札幌営業所では2006年1月から3年7カ月、旅行業務取扱管理者を置いていなかった。 
http://ameblo.jp/travelrakuten/entry-10737765967.html

業務停止のニュースは年末に聞いていました。
しかし、東京営業所だけだったのですね。同社ウェブサイトに告示がありありました。

弊社は、ツアー登山における管理運営において旅行業法に違反があった為、監督官庁である観光庁より東京営業所の旅行業に係る業務停止(すでに契約を締結された旅行に関する履行の為の業務を除く)の命令がありましたので、2010年12月16日より2011年 2月4日まで東京営業所の業務を停止します。観光庁からのご指摘や処分の内容を真摯に受け止め、再発防止のために努めて参ります。
アミューズトラベル株式会社 代表取締役 板井 克己

http://wwwtb.mlit.go.jp/hokkaido/press/presspdf/H22/2212/221215kankou.pdf参照。

御社には東京のほか、大阪・名古屋・福岡・仙台・広島・札幌の各営業所がある。

御社がその後、安全確保のため必要な計画作成をしているのかどうかウェブサイトからはうかがい知れません。
http://amuse-travel.co.jp/amuse_x/index.php?cID=228において述べられているリスクマネジメントの体制作りは進んでいるのでしょうか。

もし進めているのであれば、ぜひウェブサイトにニュースレターのような形でよいので情報公開をしてほしい。

御社には、日本における安全登山ツアーの最先端をゆく会社に発展してほしいと切に願っています。
それがあなた方の業界に課せられたCSR(企業の社会的責任)というべきです。

事故の検証をつづけてください

御社をふくめ、この業界に与えられた使命はなんでしょうか。それは二度とこのような悲劇を起こさないことです。
その使命を全うするために、これまでさまざまな検証がなされてきました。
昨年3月に発表されたトムラウシ山遭難事故報告書(日本山岳ガイド協会)、それから事故からちょうど一年経過した2010年7月に出版された羽根田治 ・飯田肇・金田正樹・山本正嘉 編著の『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』
トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか
いずれも発表と同時に読ませていただきました。
私にとって、低体温症の分析がこれほど緻密になされているのをみるのはこれが初めてでした。
また運動生理学の知見は、ツアー登山のみならずすべての登山者に生かしてもらい素晴らしい成果の発表だと思います。
このような成果に関係者が注目するきっかけとなった事件は大変不幸なことでしたが、より深い見識を深める機会でもありました。

ただ残念ながら、登山計画にかかわるリスクマネジメントについては、報告書も『トムラウシ遭難はなぜ起きたのか』双方ともあいまいで具体的な提言に乏しいものに私の目には映りました。報告書については、いままで散々書いてきましたが、ダメ押しにもう一度書いておきます。
強いリーダーシップを育てるという、報告書の提案する処方箋は、強いチームを育てて難しい山を攻略する登山家的な方法論です。しかし、ツアー業界に求められているのは、弱いチームを守る方法論です
トムラウシ遭難はなぜ起きたのか』についても、ひとつ不満があります。防災マネジメントに関わる身からみれば、愕然とするほど具体的な中身に乏しく、必要な理論立ても、実践例も何一つ紹介されていない。これらは業界の今後の課題というには、あまりにもお粗末な状態と思えます。もし著者に直接お会いする機会があれば、この点はぜひともお聞きしたい点でした。リスクマネジメントの必要性と書いてあるが、あなたは正直なところ、具体的なイメージをもっていますか、と。
さらに、http://amuse-travel.co.jp/amuse_x/index.php?cID=228にしても、反省文のニュアンスが強く、具体的な対策が全くみえません。
お客さんの命を預かる企業には反省文以上のものが求められているのです。まずは安全対策のプロジェクトなり常設検討会を立ち上げ、責任者を決め、スコープ(目標設定)とスケジュール(デッドライン)、予算・人員配置を明確にした活動計画を作成したほうがよいです。
もしすでに実施しているのであれば、情報公開をしてください。

リスクマネジメントの言葉の意味を他の分野から学んでください

ひとの命を守るということはどういうことでしょうか。
あらゆるリスクマネジメントは、何を守りたいかということについてのコンセンサスが非常に大切な出発点です。
安全とひとことでいうのは簡単です。しかし何をもって安全なのか、どこまでが安全なのか、対象は何か。あるいはどれくらい真剣に守りたいと思っているか、です。
ボロボロになっても生きて帰れればよい、といったことが目標になるのか、それとも十分に余裕をもって帰るのが目標になるのかは、最初にコンセンサスをとるべき”価値”によって決まります。

防災マネジメントの目からすれば、と先ほど書きましたが、実際にごらんにいただければわかるのではないでしょうか。

新潟県の事例

例えば、ためしに新潟県三条市の防災のウェブページをざくっとクリックしてみてください。
http://www.city.sanjo.niigata.jp/category00001328.html
住民の生命財産およびインフラを守るために、ここまで具体的な計画をたてているのには、ある災害に対する教訓がありました。
2004年7月13日から18日にかけて発生した平成16年7月新潟・福島豪雨 - Wikipediaです。ウィキペディアによれば、死者は福島県昭和村での1人を含め16人。全壊70棟、半壊5,354棟をはじめ、20,655棟に被害が出た洪水を中心とした災害でした。
2004年は新潟県にとっては受難の年で、秋には中越地震が発生、多くの犠牲者がでました。三条市新潟県も、この年の災害から何を学び取ったかというと、それは明確な目標管理型のマネジメントです。とくに中越地震では避難所の運営に失敗したがために、高齢者を中心に疲労が蓄積し、そのために亡くなった事例が建物の倒壊などといった直接的な打撃による犠牲をはるかに上回っていたのです。そこで、新潟県地震災害、水害ともに、災害対応に必要なタスクをすべて洗い出したうえで、緊急時のタスクチームを明確にし、タイムフレームで区切ったタスクごとの目標を管理するマネジメント計画を徐々につくっていったのです。例えば医療救護のタスクについてみると、6時間以内に医療救護チームを派遣するために、1時間以内に医療機関の被災状況と患者の受け入れができるかどうかを調べ、3時間以内に救護所を設置するものとしています。こういった検討作業というのは、本当に時間がかかるものです。新潟県でも形になるまで3年近くかかっています。その成果は、3年後の新潟中越沖地震の応急対応でいかされることになったのですが、新潟県はそこでも教訓を抽出し、さらなる取り組みを続けています。

先のトムラウシ山遭難事故報告書は、ガイドの人材育成を強調するものでした。リーダーやガイドへの研修を強化したり、資格制度の検討という話は決して間違ってはいません。防災の世界でも人材育成は急務の課題です。しかし、そういった事柄は検討すべき全体像のごく一部にすぎません。
また、御社はウェブサイトで『気象判断について』という項目において以下のように書いていますが、若干疑問があります。

具体的な判断基準としては不十分ではないかという反省から、山岳気象予報専門の「メテオテックラボ社」と2009年8月6日に契約を交わし、すでに天候判断の基準として利用しています。利用方法としては、現場ツアーリーダーはツアー出発前に天候の推移を確認し、山行時にもメテオテックラボ社と直接交信し天候の推移に関しては細心の注意を払うことに努めます。

正確な気象情報を入手することと判断することは別のことです。一体どのような基準であれば登山の継続を断念するのか、この記述からは全くあきらかではありません。もう少し具体化すべきです。また、判断をアウトソーシングするわなについて、危機意識をもってもらいたい。

だからといって、連日連夜検討を重ね、つくりこんだ計画書を練り上げ、電話帳のような厚さのものをひとつつくればいいかといえば、それもまた違います。現場のハンドブックと全体計画はきっちりと分けて考える必要があります。

山口県の事例

もうひとつ事例をあげさせてください。山口県防府市の取り組みです。
09年7月、記録的な集中豪雨が防府市を襲い、土石流により多くの家が破壊され、17名の犠牲者が出ました。
平成21年7月中国・九州北部豪雨 - Wikipedia

おりしも大雪山遭難の数日後のことでした。
この災害で、防府市、とりわけ市長はその後猛烈な批判にさらされました。なぜなら、市による避難勧告が遅すぎたからです。土砂災害警戒情報が山口県及び下関気象台から災害発生の4時間前には発せられていたにもかかわらず、避難勧告を出したのは、土石流が発生した3時間後のことでした。
しかしながら、これまで防府市は災害に対して全く無警戒で、計画もずさんだったのかというと、そうでもなく、河川氾濫に対する警戒は住民たちの意識のなかにもありました。むしろ国交省河川局と専門家による啓蒙活動が盛んな地域でありました。ところが風化花崗岩による大規模な土石流がどういうタイミングで発生するかについて警戒が足りなかったのです。

議論の透明性を確保してください

私が紹介したいのは、そのあとの話なのですが、防府市はこの災害をうけて、豪雨災害検証委員会を立ち上げました。
これがまた批判されるのです。まず立ち上げ時期が遅い。2010年1月の中国新聞によれば

山口豪雨災害発生から21日で半年 '10/1/20

 ▽26世帯が今も仮住まい 農地の復旧工事はこれから

 死者17人、家屋の全半壊111棟など山口県内に甚大な被害をもたらした7・21山口豪雨災害は21日、発生から半年を迎える。防府市では今も26世帯が仮住まいを続け、防府、山口両市の農地などはほぼ手つかずの状態となっている。

 防府市によると、26世帯は市営住宅雇用促進住宅、民間賃貸住宅での暮らしが続く。多くが自宅が全壊したり、半壊したりした世帯。自宅近くでは砂防ダム建設や河川改修が続いており、本格的な生活再建には時間がかかるという。

 砂防ダムの建設は本年度、34カ所で始まる一方、農地や農業用施設の復旧はこれからだ。農地、農業用施設の計207カ所が被害を受けた山口市は工事着手がゼロ。農地と農業用施設の計93カ所で被害が出た防府市も着手は1カ所にとどまる。

 災害の課題を探るため、県が設けた4検討委員会は今月、検討結果をまとめたのに対し、防府市の対応は遅れている。市の検証委は20日にようやく初会合を開き、初動対応の検証に取り掛かる。(石井雄一)

とあります。また市議会もまた市行政の対応を批判します。
初会合に出席した防府市のある議員のブログでは次のように怒りをぶちまけています。

総務委員会の所管事務調査を傍聴しました。内容は先日行われた豪雨災害検証委員会の報告。説明もしどろもどろ、答弁も出来ない、とひどい内容でした。
災害検証委員会のメンバー構成に納得がいきません。員20名の内、6名が市の職員。市は災害対応について検証される側であるはずなのに、なぜ検証をする側の委員になっているのか。更に、小野地区、右田地区の連合自治会長や、被害の大きかった田の口地区、真尾地区の自治会長が委員になってはいますが、死者の出た奈美地区、勝坂地区の自治会長が入っていません。
・・・
検証委員会の委員長は瀧本先生という山大の准教授で、防府市の防災ネットワーク推進会議議長も努められている方です。私も著書を読んだこともある地域防災の専門家。この方も、最初はメンバーに入っていなくて、議員からの「なぜ入れない」という指摘でやっとお願いしたようです。
http://blogs.yahoo.co.jp/hisashi_ito_hofu/60808197.html

いろいろと批判はされたものの、防府市では昨年6月、防府市豪雨災害検証報告書をまとめ、公けにしました。
報告のための会議については市民の傍聴ができ、会議録も一字一句記録されています。私自身、被災地住民の親戚筋ということもあり、しかも職業として防災に関わる仕事をしているため、大変大きな関心をもってことの成り行きをみていました。
私がここで防府の事例をあげたのは、新潟県のように防災計画が緻密だからではありません。
地方行政において、議論の透明性が確保されていることに感動を覚えたからです。これは、ひとつの被災地域に継続的な関心を持ってはじめて気がついたことでした。
かつて片山善博氏(現総務大臣)は、全国最年少の若き鳥取県知事としてデビューしたてのころ、透明性こそが地方分権のキーファクターであると述べたことがあり、印象に残っていますが、まさに議論が開かれていることによって、さまざな意見を吸収し、批判に耐え、よりよいものを目指してゆく、ということの意義を感じます。また議論が透明であることによって、議論をして結論がでないまま、うやむやになるということを避ける利点があるし、さすがに論理的に議論を積み上げてよいものを残さないと恥ずかしいという話になる。サービスを受ける側にとっても行政の誠実さを公正さをそこに見出し、さらにInformed publicとなることによって政治参加への契機ともなる。それらが相乗効果となって行政と住民との信頼を醸成する機能をも果たす。そして結果としてよいマネジメント体制につながっていけばいいのであって、途中途中で批判されようが何しようが、前進するだけの仕掛けがあるかどうです。

防災分野では、こうしたWinWinのプロセスが成り立っている。山口県の事例ではその点を強調したいのです。

では、ふりかえって山岳ツアーではいかがでしょうか。
遭難事故報告書が出された3月以降、何か進展はありましたでしょうか。昨年の5月にはこんなニュースがありました。
依然として、消費者には十分な情報が与えられず、うっかりついていったツアーがいつ地獄絵になるかわからない状態だとすれば残念です。

ツアー登山、3割の旅行会社でマニュアルなし

2009年7月、北海道大雪山系トムラウシ山(2,141m)で、台風が近づく悪天候の中、ツアー登山に参加していた登山者ら8人が凍死した。この遭難事故を受け、観光庁は、ツアー登山を行う旅行会社に、登山マニュアルを作成しているかアンケートをとった。
 報道によると、アンケートの結果、添乗員や山岳ガイドのための登山マニュアルを作成していないと回答した旅行会社は三分の一に上ることがわかったという。 
 今年三月、調査結果をふまえて、観光庁はマニュアル作成を業界団体に要請したそうだ。観光庁の担当者によれば、各社が天候が悪化した場合の危険を回避するための判断基準などを具体的に決め、最低限の約束事を決めるべきだという。

http://tomosibi.blogspot.com/2010/06/3.html

私はこのトムラウシの事故がなんとなしに風化してゆくのは見るに耐えません。
その意味で、実は今回の業務停止命令という行政処分は、時期を得たものだったのかもしれないとも思っています。
制裁が必要だという意味ではありません。
必要なのは、開かれた議論です。業務停止期間は、こうしたことを考えるよい機会なのではないでしょうか。以前も書きましたが、提案として、机上訓練を実施するなど、業界でそういった試みが共有されるのも有益でしょう。机上訓練の面白さは、必ずしも正解が出てこない場合があることです。そこで初めて気がつくわけです。机上でも迷う問題を現場に投げてはいけないと。

時間がかかってもよいので、業界全体として、努力しているのだという誠意をみせていただきたい。
アミューズトラベル社は、その先導役になってよいとおもいます。



もうひとつ、最後に。
刑事事件として立件されるだろうといわれてもう1年半。会社はともかく、ガイドにつきましては、もしかりに、書類送検するのであれば一日でも早くしていただきたいと祈っています。送検が遅れればそれだけ不安定な状態におかれ、社会復帰も遅れます。一日もはやい社会復帰を願ってやみません。